エディー・ジョーンズは、いかなる観念的な議論にも与しない。書評:『ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディー・ジョーンズとの対話』 @500zoo

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

エディーは言います。

「ベースはサイエンスです。戦う上で、議論、交渉の余地のない数値というものは存在します」(P106)

そのような数値を実際のゲームの中から分析・抽出し、チームビルディングに役立てる必要がある、と。そして、続けます。

「とくにフィットネスのレベルは重要です」

ここでエディーの言う「フィットネス」とは、「相手に負けないフィジカルを鍛えることによって得られる、試合を通じての耐久性」というほどの意味でしょう。冒頭にあげたトライシーンを構成する要素の(3)にあたります。

「日本代表の強みとされる技術とスピードも、エディーが客観的なデータを採ってみたら大したことがなかった」、そのため「フィジカル(フィットネス)の強化にむかった」という有名な話がありますが、エディーのこうした「サイエンス」論はこの逸話を裏書きしています。このエピソードは、日本代表が過去陥ってきた技術信仰を笑い、フィジカル強化の重要性を強調するために繰り返し取りあげられているように思いますが、当のエディーは本書中でこうも述べています。

「ハッキリさせておきたいのは、数学はサイエンスであり、あくまでコーチングというアートをバックアップするもの」(P48)

「自分のチームにとって、どのスタッツが重要なのか見極めるのが「アート」」(P62)

その上で、自らの戦略についてこう言っています。

ワールドカップに出場するチームでは、通例パスとキックの比率は「4:1」である。しかし、日本代表ではこの比率を「11:1」に近づけた。異常な数字だとエディー自身も認めています。が、ジャパンが勝つためには「ユニークに」戦うことが必要で、そのためにはこの数値が目指されるべきだというのです。

なぜか? エディーが選択した日本代表のプレーモデルが、ポゼッションとパスプレーを重視するというものだからです。

では、なぜそのようなプレーモデルを選ぶのか? 膨大なデータから世界の競合相手、それらとの差異を見渡したうえで、それが日本代表の実態、客観的なアイデンティティに合致するもの、少なくともエディーがそう考えるものだからです。

「日本もそうですが、サイズが小さいチームが勝つためには、必然的にボールをキープして相手を後退させるという発想になります」(P57)

ポゼッションとパスプレーを重視するプレーモデルにおいて、技術とスピードが重要になるのは言うまでもありません。そこで高いレベルのフィットネスがなぜ必要なのか、という問いについても、明快な答えが述べられています。

「ポゼッションを重視する戦術では、ボールをリサイクルできるフィットネスがなければ、すべてのプランは机上の空論になってしまうからです」(P106)

エディー自身の言葉によって語られる本書からわかること、それはエディー・ジョーンズは「技術信仰」にも「フィジカル信仰」にも、その他もろもろのいかなる観念的な議論にも与しないということ。彼はただ、日々の情報収集と研鑽を通じて「自分たちは何者か」、その客観的な輪郭を描き出し、その自画像でこそ可能なアイディアを探り、そのアイディアを具現化するために必要なもの、不足しているものを探るために膨大な情報の海を泳ぎます。そこで、最終的な成果=勝利に漕ぎ着けるための航路を「クリエイト」していく。それが、彼の言う「コーチングというアート」なのでしょう。

南アフリカを追い詰め、仕留める起点となったデザインプレーからのトライは、このようなエディーのコーチング=アート論、そこから導かれる戦略の、これ以上ない反映であることが本書を読むと理解できます。そしてまた本書は、エディーの率いたラグビー日本代表の成功をいかなるフォーカスで総括し、継承していくべきか。多くの示唆を与えてくれるようにも思うのです。

<了>

五百蔵容(いほろい・ただし)
1969年9月30日横浜生まれ。株式会社セガ(現・株式会社セガゲームス)にてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。「物事の仕組み」を解きほぐし思考するという視点から活動している。プライベートではジュビロ磐田のサポーターでもあり、Twitter、noteなどを主戦場にジュビロの現在を愛で続けている。
Twitter:500zoo(noteも同)

1 2 3 4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

master

【後編】MLS・20年目の結実、その理由に迫る/中村武彦(MLSアジア戦略コンサルタント)

2015.11.14

  ――アメリカでは、選手のセカンドキャリアという言葉が存在しないんですね? 中村 存在しないとは言いませんが、そこまで大きく取り...

2176878416_7334be3357_o.00_00_00_01.Still026

【前編】 MLS・20年目の結実、その理由に迫る/中村武彦(MLSアジア戦略コンサルタント)

2015.11.12

発足20年目を迎えたアメリカのメジャーリーグサッカー(Major League Soccer、以下MLS)が活況だ。1996年に10クラブで発足したML...

koyano4

【後編】“こやのん”が語るクラブ経営の難しさとやりがい。小谷野薫(サンフレッチェ広島前社長)#sanfrecce

2015.11.14

――クラブマネジメント全般について伺いますが、やはり地方クラブには特有のやりがいや難しさがあったと思います。具体的には、どのような部分でしょうか。 ...

koyano1

【前編】“こやのん”が語るクラブ経営の難しさとやりがい。 小谷野薫(サンフレッチェ広島前社長)#sanfrecce

2015.11.14

  今年4月に行なわれた広島市長選に、J1・サンフレッチェ広島の社長という立場を結果的にせよ捨てて出馬した小谷野薫氏(現・株式会社エディ...

IMG_6967

東京五輪へ日本人選手を! 日本企業がマケドニアのチームを買収したワケ #daihyo #jleague #gamba  

2015.12.08

8日、東京都内にて興味深い記者会見が行なわれた。エムコンサルティンググループ株式会社(東京都港区)による、マケドニア1部リーグ・FKラボトニツキの買収お...