「サンフレッチェの母」をしのんで。突然この世を去った、あるスタッフの話。(中野和也)#sanfrecce

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スポーツマーケティングナレッジ編集部の澤山大輔です。今回は、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』編集長・中野和也さんによる、サンフレッチェ広島強化部スタッフだった故・澤山文枝(さわやま・ふみえ)氏の追悼文をお届けいたします。

「去年、土砂災害で被害に遭った方に良い報告をしたかったですし、クラブの澤山さんが亡くなって、サポーターのふなさんが亡くなって、やっと良い報告ができた。優勝したよ!」

チャンピオンシップ2015の優勝インタビューでの、サンフレッチェ広島・青山敏弘選手(JリーグMVP)のコメントです。この中の「クラブの澤山さん」こと澤山文枝さんが、今回の記事のテーマです。

このオファーをするのに約2年かかりました。隠す気がないどころかtwitter等で何度か発言していますが、今回取り上げられる故・澤山文枝さんは編集長・澤山の母です。“公私混同”だと思われるかもしれませんが、今回は僕の母としてではなく『サンフレッチェの母』の功績を取り上げていただくようお願いしています。実際、記事の内容に僕のパーソナルに関する記述はほぼないと思います。

今回、澤山文枝さんを取り上げるのは、編集長・澤山の母だからではありません。2015年明治安田生命Jリーグ・MVPに輝いたサンフレッチェ広島の青山選手が、CS優勝インタビューでその死について改めて悼み、田中マルクス闘莉王選手(現名古屋)の日本名の名付け親(一緒に考えた)になり、1997年以降広島に移籍加入した全選手のケアを担当し、ミシャ・ペトロビッチ監督(浦和)が2014年の広島戦で特別にコメントし追悼するなど、日本サッカー界に貢献し惜しまれながらこの世を去った、特筆すべき人物だからです。

しかし、僕が彼女の息子である事実は動きません。よって本文を読んでいただく前に、このオファーの背景について個人的な述懐をすることをお許し下さい。

再度書きますが、このオファーを出すのに約2年かかりました。母は2014年2月10日未明、くも膜下出血でこの世を去りました。いわゆる、突然死です。前触れが全く無かったわけでもないのですが、唐突過ぎる死に呆然としながら葬儀や身辺整理を進めたことをよく覚えています。それからしばらくして、「サンフレッチェの母」としての報道が幾つかあり、2014年2月22日のゼロックス・スーパーカップではチームが喪章をつけてプレーしてくれ、先制点を挙げた際には空に向かって掲げてもらうパフォーマンスも頂戴しました。

チームがこれほどまでに弔意を示してくれたことを、心の底から感謝しています。僕がサポとしての発言をする理由は、こうした経緯を踏まえてなお広島サポであることを隠す理由は一切ないからです。むしろ、隠すことこそが不誠実だと思います。

それはともかく。当時の自分の偽らざる心境として、「サンフレッチェの母」がクローズアップされるたび、「死んだのは僕と妹の母だ。サンフレッチェの母である前に、僕の母親だ」と思っていました。今にして思えば未熟さ以外のなにものでもないですが、当時は突然の逝去から2週間も経っていなかった時期。どうしても自制心をコントロールできず、そう思ってしまいました。

それ以来、母の件について「サンフレッチェ」と結びつけて記事にされることは、ある1人の書き手を除いて歓迎していませんでした。その手の記事があっても、一切目を通していません(だから、どの程度の報道があったかは把握していません)。ある書き手の方を除くライターさんで、母のことを生前、その方ほどよく知っていたといえる人は居ないと思うからです。

その唯一の書き手が、この記事を執筆した中野和也さんです。生前から母も僕自身も大変お世話になってきたサンフレッチェ広島のオフィシャルライターであり、1995年から取材をスタートし1999年からは全試合をカバーしてきたライター。「生き字引」という言葉を超え、もはやサンフレッチェ広島の歴史そのものといえる人物です。

死の1カ月ぐらい前だったでしょうか、母はこんなことを言っていました。

「紫熊(倶楽部)の取材、受けとけばよかったな。断ってきたんだけど、やっぱり自分の仕事を形にして残しておきたかった」。

母は、中野さんから何度かあった取材依頼について「自分は黒子だから」と一切断ってきた経緯があります。その母が、亡くなる直前にそう言っていたわけです。この記事はだから、母の遺志を汲んで企画されたもの、でもあります。

もし中野さんに依頼を断られたら、このテーマでの依頼は封印するつもりでいました。このテーマで依頼できる人間は中野さんしかいませんし、この記事が世に出たのはチャンピオンシップおよびクラブワールドカップ取材で多忙を極める中「澤山文枝さんのことは、書くに値する」と中野さんに尊重していただいたからこそです。

サンフレッチェ広島がクラブワールドカップ3位という輝かしい実績を残し、母はいま、どれほど誇らしい気持ちでいるだろうかと思っています。多忙を極める中でのオファーを快諾いただいた中野さんのご厚意と、多くの選手・監督・スタッフの皆さんから今なお慕っていただけるほどの功績を残した母に感謝し、この記事をお届けいたします。(2015年12月22日 澤山大輔)

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