「サンフレッチェの母」をしのんで。突然この世を去った、あるスタッフの話。(中野和也)#sanfrecce

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澤山さんが、なぜ偉大なのか。1994年からサンフレッチェの仕事に就いた「生き字引」的存在ではあったが、彼女よりも長くクラブで仕事をしている人はいる。役職もなく、肩書きは「強化部スタッフ」。強化部まわりの煩雑な事務手続きをこなしておられたと記憶しているが、その仕事そのものが決して「澤山さんでないとできない」というほど、クリエイティブではなかったはずだ。だが、彼女は仕事に対する誠実な取り組み姿勢と抜群のクオリティで、「澤山さんでなければ」という水準まで仕事のレベルを高めていた。

プロフェッショナルという言葉が単に「仕事でお金を稼いでいる人」ということではなく、「質の高い仕事で数多くの人を助けられる人」という定義にまで高めたとしたら、彼女は間違いなくプロフェッショナル。「プロサッカー選手」と名前がついている人々の中で、彼女以上にプロとして胸を張れる人が、果たしてどれほどいただろうか。

たとえば、森保一監督のこの言葉である。

「今年最初の強化部ミーティングで、改めて澤山さんの存在を思い出したんです。実はこの日は毎年、いろんな書類に印鑑とサインが必要になるので、澤山さんから『印鑑を忘れないで』と前日に連絡が来ていたんですよ。でも、今年はそれがないから、すっかり忘れてしまっていた(苦笑)。澤山さんの気配りのおかげで、毎年忘れずにすんでいたんですけど」

もちろん、書類に印鑑を押すのは、それを行なう側の問題。その事務を処理する側に責任はない。毎年、やらなきゃいけないことが決まっているルーティンなのである。だが、何らかの事情で期日を守れない人もいる。忘れてしまった人もいる。

「ごめんなさい。印鑑忘れた」
「えーっ、今日が期日だって言っていたじゃないですか」

よくある光景だが、こういう事態に陥って得をする人は誰もいない。澤山さんは、こんな「ミス」が起こる前に行動を起こす人だった。だから、仕事が円滑にまわる。もちろん、それを「口うるさい」と感じる人もいるかもしれない。「わかっているから」と思う人もいるだろう。だが、結果的に仕事は期日どおりに終わり、誰もがストレスを感じることなく、業務は進んでいく。

誰にでも、できそうなことだ。だが、果たしてこんな心配りを、毎年毎年、きっちりとやれる人がどれだけいるか。自分の仕事に対する責任感だけではなく、相手の状況に対して細かく心を配らないとできないこと。まさに、「神は細部に宿る」である。そしてこの美しい言葉がピタリとはまる仕事ぶりで優勝を果たしたのが、2015年のサンフレッチェ広島だった。素晴らしい成果をあげた指揮官の言葉を、ご紹介しておこう。

「澤山さんは、現役時代からずっとお世話になった方です。気遣いもすごいし、話し方も上品で、言葉遣いも美しい。でも、僕らの言動でおかしなことがあれば、厳しく注意してくれた。優しくて、温かくて、厳しくて。そういう人は、なかなかいないですよね。僕にとっても恩人だし、一生、忘れることのない人です。今も、僕らは澤山さんと共に、戦っています」

森保監督の手法のベースにあるのは、細やかなコミュニケーション。それは澤山さんの「かゆいところに手が届く」気遣いにもつながっていく。森保イズムは澤山イズムに通じるのだ。

いつも貪欲に、自分を高めたい。そんな向上心もまた、彼女の仕事を支えていた素養だった。

たとえば本谷祐一元社長の秘書的な役割を任せられていた時のことだ。本谷社長のスケジュールを共有し、柔軟な運用を行なっていくためにiPadでの管理をやっていこうということになった。だが、当時はまだiPadというタブレットが発売されて間もない頃で、使い方もよく知られていなかった。澤山さんはパソコンを使うことには長けていたが、タブレットは初めて。慣れれば簡単だが、慣れるまでが難しい。まして、スケジュールをパソコンなどと共有することは、ちょっとしたコツが必要で、その設定は決して簡単ではない。少なくとも当時は。

だが、彼女は決して「私にはできない」とは言わない。既にiPadを仕事に導入していた僕に対して何度も質問をぶつけ、ネットで調べ、他の人たちにも問い合せる。気づけば、iPadは彼女の仕事のパートナーになっていた。鮮やかな指使いで、さりげなくiPadを駆使して仕事を行なっていた。

こんなプロフェッショナルがフロントで仕事をしているという事実は、クラブにとっては大きな財産なのだ。選手だけがいれば勝てるわけではない。お金があれば優勝できるわけでもない。どんな人間がクラブにいるのか。チームをしっかりとサポートするために全力を尽くしているのか。プロ集団であることを問われるのは、チームだけではない。フロントもプロフェッショナルでなければ、安定した強さは望めない。

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